2023年12月14日・15日の2日間、東京大学B‘AIグローバルフォーラム主催、Beyond AI研究推進機構および東京大学ニューヨークオフィス(以下、東大NYオフィス)の後援で、高等教育におけるAI技術の影響について議論するシンポジウム「The Future of Higher Education in the AI Age」が東大NY オフィスにて開催された。シンポジウムは両日ともウェビナーで同時配信され、後日、B’AI グローバルフォーラムウェブサイト上で動画が公開される予定である。
12月14日(火)には、まず板津木綿子教授(本学情報学環)からB’AI グローバルフォーラムについての説明および登壇者の紹介がなされ、AIが大学のカリキュラムデザインや教育者に影響する仕方や、倫理的でインクルーシヴなAIの使用について検討する必要があることが確認された。
続く久野愛准教授(本学情報学環)による報告では、今年3月に刊行された『AIから読み解く社会――権力化する最新技術』(B’AI グローバルフォーラム・板津木綿子・久野愛編、東京大学出版会、2023年)の内容が紹介された。本書は、AIの利用とその影響に関して、研究分野を超えた幅広い主題を扱っており、権力の働きを注視しつつ、AIを特定の社会的・文化的・政治的な文脈において分析する重要性を論じたもので、当シンポジウムの内容にも通じる問題意識が共有された。
その後、ラトガース大学Lauren Goodlad教授、ニューヨーク大学Julia Stoyanovich准教授が、自身の研究・教育に基づいた講演を行った。なお、当初登壇を予定していたイェール大学のAlexander Gil講師は、体調不良のため欠席となった。
Goodlad教授は、英文学が専門で、今年10月に創刊号が発行された学術雑誌『Critical AI』の編集長を務めるなど、分野横断的なアプローチからAIの社会的影響に関する研究を進める第一人者でもある。同教授による報告「Critical AI Literacies, Critical AI Studies, Design Justice Labs」では、AIシステムは、物事を人間のようには理解しておらず、統計的なモデルに基づくものであることを理解することの重要性とともに、学生がそれぞれの資料を批判的に評価し、多様な資料を用いて情報を分析する必要があると論じた。加えて、AIによる画像へのラベルづけが誤りを含んだり、ステレオタイプ化されたイメージを強化する可能性があることに加え、暴力的な描写など有害なラベルづけは、グローバルサウスの労働者が手作業でおこなっていることなど、様々な課題が指摘された。
続いて講演したJulia Stoyanovich准教授は、コンピューターサイエンスを専門とし、ニューヨーク大学の「責任あるAI」センター(Center for Responsible AI)のディレクターを務めている。Stoyanovich准教授の講演「Responsible AI(in teaching & learning)」では、AIにはメリットもあることが指摘されるとともに、AI倫理を考えるときには、機械も間違えること、そして乗用車の自動運転に見られるように機械の間違いが人命に関わる被害にもつながりうること、さらには害が累積しうることを理解することが重要だと指摘された。AIによる決定には、バイアスやヘイトスピーチが含まれるリスクもあるため、AIに対する私たち人間のエイジェンシーやコントロールが重要な課題となると論じられた。
その後、上記発表者2名と矢口祐人教授(本学副学長)によるパネルディスカッションがおこなわれ、板津教授がモデレーターを務めた。AIを活用した英語教育に関心が高まる今日、AIが女性やマイノリティ性をもつ人々を周縁化しうる問題や、AIの持続可能な利用について分野横断的な議論を行う必要性と、それぞれの分野が持つカルチャーの違いによる対話の難しさなどが議論された。
最後に、林香里教授(本学理事・副学長)から閉会の挨拶がなされ、初日のプログラムが終了した。林理事は、AIをめぐる規範や構造を批判していく必要があると述べ、そのためにはAI利用をミクロなレベルや、重要な組織やコミュニティの再建に関わるメゾレベル、国や制度などのマクロレベルのそれぞれの観点からとらえ直す必要があるとまとめた。
12月15日(金)には、教育コンサルタントとして活躍するAnna Esaki-Smith氏がモデレーターを務め、本学総長の藤井輝夫氏とノースイースタン大学学長Joseph E. Aoun氏による対談が開催された。議論は、学生がいかにメンターを得て、どのような指導を受けるのがよいか、AIが専攻や研究テーマの選択に与える影響といった、教育一般に関する話から始まり、その後AI技術に対して私たちがどのように備えれば良いかが論点となった。両氏からは、AIがもたらしうる誤情報やバイアスに注意しつつ、教室内だけではなく自らの経験やそこにおける失敗から多くを学び取ることの必要性が提起された。また、AIの利用には多くのデータと費用が必要であるためビジネスの役割も重要となり、そこには緊張関係と同時に新たな可能性があることが議論された。
対談後の質疑応答では、AIを使って教育負担を減らすことで、大学教員が研究に時間をかけられるようになる可能性についてどう思うかや、どのような手続きをとればAIの利用において誰も取り残さないようにできるか、といった質問が寄せられた。大学は大学生だけでなく、生涯学習に取り組む人々を取り込んでいく必要があること、そして多様な学生を受け入れるだけでなく、学生たちのニーズを満たすように動いていく必要があることなどが議論された。
最後に林理事から閉会の挨拶がなされ、高等教育では多様な領域をカリキュラムに取り込む必要があること、アルゴリズムのガバナンスに関する知見の重要性など、両大学トップの対談を通して様々な重要な論点が提起されたことが確認された。本シンポジウムは、総じて多様なバックグラウンドや立場性をもつ研究者たちによって、AI時代の高等教育の可能性と緊張関係が浮き彫りにされた貴重な機会となった。